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井出草平の研究室
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「ひきこもり」が精神医学の診断名にならない理由

「ひきこもり」という言葉を精神医学の診断名のように扱う傾向は珍しくない。「うつ」や「パニック障害」といった診断名と同じような扱いで「ひきこもり」という言葉が使われることがある。精神医学の診断基準における「ひきこもり」の位置づけはこちらを参照
「ひきこもり」が精神医学の診断名になりえない理由は、精神医学の診断名(疾患名)が成立する条件を確認するのが一番よいだろう。精神医学では、Robins&Guse基準と呼ばれるものがある(Robins&Guse 1970)。
下記の4つの項目がそろった際に精神障害の診断名として成立する。障害Aと正常、障害Aと障害Bが上記の四領域で異なっていれば、障害Aは独立した障害であるとみなされるのである。
1.症候学 phenomenology
2.経過 clinical course
3.家族性 family history/heritability
4.治療反応性 treatment response
症候学というのは、症状のことを指している。例えば、うつ病であれば、抑うつ気分やアンヘドニア(と呼ばれる普段の行動に楽しみが感じられなくなったりする症状)があり、うつ病の診断されたも者には共通している。
経過というのは、発病以降の状態のことである。
家族性とは親からの遺伝と言い換えてもよいだろう。うつ病では、親がうつ病の場合、一般的の人に比べて3倍、うつ病に罹患するリスクが高くなる。双極性障害(躁うつ病)では25倍になる。
治療反応性は、ある治療をした場合の結果である。うつ病の人には抗うつ薬が有効であるが、統合失調症の人には抗うつ薬は無効であるため、特殊なケースを除いて使用することはない。
この4要素をひきこもりで考えてみよう。
症候学的では、ひきこもりはさまざまな精神障害にみられる症候である。ただ、精神障害というのは一つの症候で決まるものではない。
精神障害の診断のためには、いくつかの症状の組み合わせが必要である。「ひきこもり」が独立した疾患単位になるためには条件がある。
それは、他の精神障害では説明がつかない症候の集まりであることである。

経過は数年間「ひきこもり」が続く場合もあれば、10年以上続く可能性があり、「ひきこもり」の中でもサブタイプが分かれるようだ。「ひきこもり」の追跡調査がないため、経過に関しては明確だとは言いづらい。
家族性は親が「ひきこもり」だった場合、子供が「ひきこもり」になるというつながりがあるかということだが、これも調査がされていないため、よくわからない。何十年もひきこもり続けた場合、結婚や出産をする機会は激減すると考えられるため、親が「ひきこもり」で子供も「ひきこもり」というケースを見つけるのは難しそうである。家族性は、きょうだい(兄弟姉妹)間でも計測できるので、一家で2人以上ひきこもりがいる家庭の調査をすると家族性をとらえられる可能性はあるかもしれない。ただ、それが他の精神障害と独立した家族性である必要がある。
治療反応性に関しては、「ひきこもり」に有効な治療法が科学的に研究されていないため、確認することはできない。
「ひきこもり」が疾患単位になることは難しい。今後研究が進んだとしても「ひきこもり」が診断名になる見込みは今のところない。あくまでも、日本で珍しくない社会現象だとみるのが当面は正しいように思われる。
参考文献
Robins E, Guze SB, 1970, "Establishment of diagnostic validity in psychiatric illness: its application to schizophrenia". The American Journal of Psychiatry, 126(7): 983-7.(pubmed)