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井出草平の研究室
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ひきこもりの定義

ひきこもりにはいくつかの代表的な定義がある。ここでは、それぞれを比較してみたい。

厚生労働省『ひきこもりの評価・支援に関するガイドライン』(2010年)

厚生労働省による2回目のガイドラインでの定義である。行政を中心に2016年の段階ではこの定義が使われることが多い。
様々な要因の結果として社会的参加(義務教育を含む就学,非常勤職を含む就労,家庭外での交遊など)を回避し,原則的には6ヵ月以上にわたって概ね家庭にとどまり続けている状態(他者と交わらない形での外出をしていてもよい)を指す現象概念である.」http://www.pref.mie.lg.jp/common/content/000086118.pdf
厚生労働省のガイドラインの定義は(1)社会参加の回避、(2)6か月以上、という2つの要素から成立している。つまり、(1)他者とのつながりが消失し、コミュニケーションが欠如し、社会の中で孤立していること、(2)一定期間それが続いていることである。
この定義には「他者と交わらない形での外出をしていてもよい」と但し書きがある。ひきこもりとは自宅や自室に閉じこもること、外出しないことと理解されていることがある。つまり空間的に閉じこもることである。しかし、その理解は誤りである。ひきこもりの本質は社会とのつながりを消失することである。例えば、社会とのつながりはないが、毎日、公園を散歩している者は、社会的にひきこもりであり、空間的に閉じこもりではない。したがって、このケースはひきこもりなのだ。
なお、このガイドラインは精神科医らによって作成されていることから、定義に引き続いて次のような注意が追加されている。
なお,ひきこもりは原則として統合失調症の陽性あるいは陰性症状に基づくひきこもり状態とは一線を画した非精神病性の現象とするが,実際には確定診断がなされる前の統合失調症が含まれている可能性は低くないことに留意すべきである。
精神疾患の症状としての社会的ひきこもりは他所で解説するので、そちらを参考にしていただきたい。

国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部『『10代・20代を中心とした「ひきこもり」をめぐる地域精神保健活動のガイドライン──精神保健福祉センター・保健所・市町村でどのように対応するか・援助するか』(2003年)

厚生労働省による初めてのひきこもりに関するガイドラインである。http://www.ncnp.go.jp/nimh/fukki/documents/guide.pdf
「ひきこもり」はさまざまな要因によって社会的な参加の場面がせばまり,就労や就学などの自宅以外での生活の場が長期にわたって失われている状態のことをさします.
このガイドラインでは、ひきこもりについて明確な定義がされていない。明確な定義がないことを欠点と指摘する人がいるかもしれないが、このガイドラインが作成されたのは2003年である。民間施設の一部ではひきこもり支援は行われていたが、行政ではほとんど実施されていなかった。このガイドラインはひきこもり支援の黎明期に出されたものである。まだまだ、ひきこもりとは何かということが明らかになっていなかった時期である。したがって、定義もやや不明確さの残るものにされていると考えられる。

斎藤環『社会的ひきこもり――終わらない思春期』(1998)

ひきこもり現象を日本に広めた記念碑的な本である。この本の定義は下記のようになっている。
20代後半までに問題化し,6ヵ月以上,自宅にひきこもって社会参加をしない状態が持続しており,ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいもの(斎藤 1998: 25)
この定義は(1)20代後半までに問題化、(2)6ヵ月以上、(3)社会参加をしない状態が持続、(4)ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくいという4点である。

(1) 20代後半までに問題化

「20代後半までに問題化」というのは、この本の副題が「終わらない思春期」であることと関連がある。斎藤の本はひきこもりといっても、不登校からのひきこもりについて分析した本であるため、定義に若年であることが含まれているのである。斎藤は「ただし、二十代後半までというのは、ちょっと広くとりすぎかもしれません。実際にはほぼ二十代前半までで、事例のほとんどをカバーできます」(斎藤1998: 26)と述べているので、斎藤が意図したひきこもりは思春期の問題であったことがわかる。ただし、斎藤本人は、後にこの年齢の制限を取り除いている。

(2)6ヵ月以上

「6ヵ月以上」は、精神医学の診断基準『精神障害の診断と統計マニュアル DSM』で使われる期間を流用したものだ。精神疾患はある程度の期間、精神症状が現れない限り、精神障害とは認められない。6か月基準というのは、あくまでも目安であって、一定期間その状態が続いているという意味以上のものはない。

(3)社会参加をしない状態が持続

斎藤は社会参加の「社会」を次のように述べている「ここでいう「社会」とは、ほぼ対人関係全般をさすものと理解して差し支えありません。家族以外のあらゆる対人関係を避け、そこから撤退してしまうこと。それが『社会的ひきこもり』です。」したがって、ひきこもりは、働かないや学校に行かないということだけではなく、家族以外の他者とのコミュニケーションからの撤退までを含めた意味を持つ。

(4)ほかの精神障害がその第一の原因とは考えにくい

うつ病や統合失調症といった精神障害によって、社会的ひきこもりは生じる。うつ病がひどく動くことができない、統合失調症の荒廃がすすみ、自発的行動が少なくなったといったケースである。斎藤定義の特徴は、こういった精神障害を原因としたひきこもりではないとしている。「第一の原因と考えにくい」とは、ひきこもりと併存して、もしくはひきこもり後に精神障害を引き起こすことがよくあるためである。